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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)13561号 判決

原告(反訴被告)

加藤清一

右訴訟代理人弁護士

山口紀洋

被告(反訴原告)

山本義正

被告

山本忠夫

右両名訴訟代理人弁護士

林幹夫

主文

一  原告(反訴被告)の請求を棄却する。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、別紙第一目録記載の不動産につき昭和三七年一一月三日付贈与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(本訴について)

一  請求の趣旨

1 原告に対し、被告(反訴原告)山本義正(以下「被告義正」という。)は、別紙第二目録記載の建物(以下「第一建物」という。)を収去して、被告山本忠夫(以下「被告忠夫」という。)は、別紙第三目録記載の建物(以下「第二建物」という。)を収去して、それぞれ本件土地を明け渡し、かつ、連帯して昭和五一年一一月一日から右明渡ずみまで一か月金二〇万円の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴について)

一  請求の趣旨

1 主文第二項同旨

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告義正の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告義正の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は本件土地を所有している。

2  被告義正は本件土地上に第一建物を所有し、被告忠夫は本件土地上に第二建物を所有し、それぞれ本件土地を占有している。

3  本件土地の賃料は一か月金二〇万円を相当とする。

よつて、原告は被告らに対し、所有権に基づき、それぞれその所有の右各建物収去土地明渡を求めるとともに、不法行為による損害賠償請求権に基づき、連帯して被告らが本件土地の占有を開始した後である昭和五一年一一月一日から右明渡ずみまで一か月金二〇万円の割合による損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1のうち原告が本件土地を所有していたこと及び同2の事実は認める。同3の事実は不知。

三  抗弁(及び反訴請求原因)

1  (贈与―抗弁及び反訴請求原因)

原告は被告義正に対し、昭和三七年一一月三日、本件土地を贈与する旨の意思表示をし、被告義正はこれを受諾した。すなわち、被告らは故山本五十六海軍大将の実子であり、原告は故山本五十六の長岡中学の後輩にあたるところ、原告は被告義正に対し、昭和三七年一一月三日「謹んで御霊前に拙者所有の左記土地(本件土地である。)を御贈呈致します。故元師山本五十六閣下御霊位」と記載された書面(以下「本件書面」という。)を交付して本件土地を同被告に贈与する旨述べ、同被告はこれを受諾したものである。

したがつて、原告は本件土地の所有権を喪失したもので被告らに対する請求は理由がなく、むしろ、被告義正は原告に対し、贈与契約に基づき、本件土地について右贈与を原因とする所有権移転登記手続をすることを求める。

2  (権利濫用―仮定抗弁)

仮に、右1の贈与契約の事実が認められないとしても、原告は本件土地を故山本五十六に贈与する目的で取得し、その死後も相続人に贈与することを前提にして故山本五十六の妻である故レイ及び被告らの占有使用を許諾していたもので、それゆえに、被告らも当然に贈与を受けられるものと考え、本件土地上に生活の本拠たる建物を建て平穏に生活してきたものである。原告の請求は、こうした永年にわたる被告らの信頼を裏切るとともに、被告らにきわめて甚大な損害を与えるものであるから、権利の濫用に該当し、許されない。

四  抗弁及び反訴請求原因に対する認否

1  右1のうち、故山本五十六と原告、被告らとの関係、原告が被告ら主張のころ、被告ら主張の本件書面を作成して山本家(被告義正方)の仏前に置いてきたことは認めるが、その余の事実は否認する。右書面は、故山本五十六の偉業を記念するための財団が設立され、その財団がその記念館を建設する際にはその用地として本件土地を寄付する趣旨の奉書であり、被告義正に本件土地を贈与する旨の意思を表示した文書ではない。

2  右2の事実は否認し、その主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告が本件土地を所有していること、本件土地上に被告義正が第一建物を、被告忠夫が第二建物をそれぞれ所有して被告らが本件土地を占有していることは当事者間に争いがない。

二贈与の主張(被告らの抗弁及び被告義正の反訴請求原因)について

1  被告らが故山本五十六海軍大将の実子であること、原告は故山本五十六の長岡中学の後輩にあたること、原告が、昭和三七年一一月三日本件書面を山本家(被告義正方)の仏前に置いてきたことは当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に〈証拠〉を総合すると、次のような事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。

(一)  山本五十六は、昭和一〇年ころ、東京都港区南青山五丁目三二一番の宅地上の居宅を、右宅地の賃借権とともに買い受け家族とともに居住していたが、同人が出征していた昭和一七年ころ、同人の出身校である長岡中学校の同輩又は後輩であり、同人との親交も深く、かつ同人を畏敬していた矢島富三、反町栄一、大橋新治郎、駒形十吉及び原告の間で、山本五十六のために各自が資金を拠出して、右宅地に隣接する本件土地を購入し、右居宅を増築しようという話が持ち上がり、原告は、本件土地の購入資金を負担することとなつた。その後ほどなくして、原告は本件土地を購入し、その他の者の資金負担により増築建物が完成したが、山本五十六は右建物にはいることなく(恐らく、右のような経緯で居宅が増築された事実も知らないまま)、昭和一八年四月一八日戦死し、また、右旧居宅及び増築建物も戦災により焼失した。

(二)  昭和二一・二年ころ、山本五十六の長男である被告義正は、右三二一番の宅地及び本件土地上に建物を建築し(このうち、本件土地上にある部分が第一建物である。)、昭和三六年一二月ころ、同じく息子である被告忠夫が本件土地上に第二建物を建築した。

(三)  原告は、本件土地購入後その固定資産税を納付していたが、昭和二三年ころ、山本五十六の妻であり被告らの母である山本レイに対し、これを山本家において負担するよう申し入れた。レイはこれを了承し、その後何年間分かの固定資産税(その期間は証拠上必ずしも明らかでない。)はレイ又は被告義正が納付したが、原告は再びこれを納付するようになり、現在に至つている。また本件土地は未登記のまま放置され(その理由は証拠上必ずしも明らかでない。)、昭和五〇年六月一七日に至つて、原告がその保存登記を経由した。

(四)  昭和二八・九年ころ、原告とレイとの間で本件土地の帰属について折衝がされたが、レイが無償贈与を求めたのに対し、原告はレイ所有の軽井沢の土地付別荘との交換を求め、合意は得られなかつた。以後、原告は被告義正とも折衝し、同被告の求めに対し、本件土地を、山本五十六の偉業を記念するための財団が設立されその記念館を建設するような場合にはその用地としてその財団に寄付してもよいとの意向を示したが、もとより本件土地を住居の宅地として使用している被告義正にそのような財団設立の意思はなく(この点は原告も承知の上での提案であつた。)、結局、合意をみるには至らなかつた。

(五)  このような成行を憂慮したレイは、昭和三七年ころ長岡に赴き、前記反町、大橋、駒形らに善処方依頼した。同人らは、これを受けて同年一〇月ころ原告を長岡に呼んで本件土地を贈与するよう求め、相当強く原告を説得し、種々協議した。

(六)  右協議を終えて帰京した原告は、同年一一月三日、被告義正方を訪れ、同被告の面前で本件文書を山本五十六の仏前に供え、同被告はこれに謝意を表した。本件文書は、原告自身が墨書したものであり、次のとおり記載されている。

「謹んで

御霊前に拙者所有の左記土地を御贈呈致します。

昭和三十七年十一月三日

加 藤 清 一

合 掌

故元師山本五十六閣下

御霊位

(本件土地の表示がある。)

再拝合掌」

(七)  この後、被告ら又はレイが原告に対し本件土地の所有権移転登記手続を求めたことはなく、また前記(三)のとおり本件土地の固定資産税は原告が引き続き納付した。

3 思うに、本件のように、死者に対し財産を贈与する旨の書面による意思表示がされた場合においては、これをもつて、その書面の文言どおり死者に当該財産を帰属させるという、いわば法律効果を伴わない法的に無意味な行為とみることは当事者間の通常の意思に副わないというべきであるから、特段の事情のない限り、当事者は死者の相続人に対し当該財産を贈与する旨の意思表示をしたものと解するのが相当である。

この点について、原告は、本件書面は、故山本五十六の偉業を記念するための財団が設立され、その財団がその記念館を建設する際にはその用地として本件土地を寄付する趣旨の奉書である旨主張し、〈証拠〉中には右主張に副う部分があるけれども、本件文書には原告の主張するような財団の設立及び記念館の建設を条件とする趣旨の留保文言は何ら記載されていないことはもとより、本件文書を仏前に供えるに際して、原告が被告義正にそのような趣旨を告げた形跡もないばかりか、被告義正をはじめとする故山本五十六の相続人は、本件土地の上に建物を建築して居住していたもので、これを収去して記念館を建設する意思がないことは明白な状況にあつたのであるから、長岡の関係者との協議も経た原告が、ことさら、このようなおよそ実現可能性のない事態を想定した文書を作成し、被告義正らもこれを了解したものと解することはできず、右各証拠はいずれも採用し得ない。また、その後、被告義正らが原告に対し本件土地の所有権移転登記手続を求めたことはなく、本件土地の固定資産税を原告が引き続き納付していたことも前認定のとおりであるが、被告義正らにしてみれば、長岡の関係者の畏敬の念を一身に集めていた故山本五十六の相続人であるという一事をもつて本件土地を無償で取得し得るという立場に置かれ、その心理、感情には微妙なものがあつたであろうことは容易に推認されるところであり、自ら進んで権利を主張することなく、原告のいわば善意による任意の履行を期待したとしても無理からぬ一面があるというべきであるから、前記の事情をもつて原告の主張の支えとすることもむずかしく、他に前示の特段の事情の存在を窺わせる証拠はない。

むしろ、本件文書は、原告自身が墨書したものであり、本件土地を贈与する旨の相応の重みと体裁を整えていること、原告は、本件土地が山本家に贈与されることを強く希望していたレイの働きかけを機縁とする長岡の関係者による説得を受けた後ほどなくして本件文書を作成、提示していることに照らすと、本件文書は、山本五十六の相続人に対する贈与意思を表明した文書と解するのが相当であり、当時の山本家の実質的当主は被告義正であり、現に同被告が本件文書の提示に立ち会い、謝意を表していることを考慮すると、原告は被告義正に対し本件土地を贈与する旨の意思表示をし、同被告は原告に対し受贈の意思表示をしたものと認められる。

なお、原告本人は、原告はあくまでも山本五十六個人に対する畏敬の念から本件土地の購入を決意したものであり、その相続人、とりわけ被告義正に対し本件土地を無償で与えることを是とするような特段の感情は有していない旨種々供述するけれども、仮にそうであるとしても、本件書面による意思表示の趣旨が客観的にみて前示のとおりに解される以上、これは、ひつきよう、原告がその真意と異なる意思表示をしたという趣旨を出ないものといわざるを得ず、このことによつて右意思表示の効力が左右されないことはいうまでもないところである(ちなみに、この点は原告において明確に主張するところではないが、右意思表示が長岡の関係者らの説得を経てなされたこと等前認定の経緯に照らすと、仮に原告の真意が右のとおりであつたとしても、被告義正がこうした原告の真意を知り、又は知り得べきであつたとは認め難い。)。

4  したがって、抗弁及び反訴請求原因は理由がある。

三以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求は理由がないから棄却し、被告義正の原告に対する反訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 倉吉 敬)

別紙第一目録

所在 港区南青山五丁目

地番 参〇七番

地目 宅 地

地積 四〇五・弐八平方メートル

第二目録〈省略〉

図面〈省略〉

第三目録〈省略〉

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